靴好きには、スペックや流行を超えて「どうしても手に入れなければならない一点」があります。筆者にとってそれは、オールデンのブラックコードバン・タンカーブーツ、「4545H」でした。
探し始めてから3年以上、筆者が満足する個体と出会えずの状態が続きました。そもそもタンカーブーツは、欲しいと思ってすぐに買えるような代物ではありません。世界的なコードバン不足に加え、このモデル特有の「製造難易度」が、入手を極めて困難にしているからです。
そんな折、馴染みの某革靴店から「素晴らしいデッドストックが入った」と連絡を受けたときは、文字通り胸が高鳴りました。なかなかお目にかかれない、緻密で硬質なコードバンの質感。あの日、店で箱を開けた瞬間の高揚感は、今でも鮮明に覚えています。
製造不能の危機を乗り越えた「ミリタリーラスト」の数奇な歴史
タンカーブーツを語る上で欠かせないのが、採用されている「379X(ミリタリーラスト)」の歴史です。
この木型のルーツは、第二次世界大戦中に米軍の歩兵用として開発されたアーミーラストにあります。戦車兵(タンカー)が狭い車内で足をぶつけないよう、つま先にボリュームを持たせた軍靴の意匠がベースとなっています。
実はこの木型、戦後一度は完全に忘れ去られ、オールデンの倉庫に眠っていました。それを1990年代、日本の総代理店「ラコタ」が発掘し、復活させたのが現在のタンカーブーツです。つまり、米国の軍事遺産と日本の情熱が融合して生まれた、世界でも類を見ない「日本主導の名作」なのです。
なぜ「3年」も見つからなかったのか。絶望的な希少性の裏側
タンカーブーツ、特にコードバンモデルがこれほどまでに手に入らないのには、2つの大きな理由があります。
- 熟練職人の不足と「手縫い」の限界
最大の特徴である「ノルウェージャン・フロント・ステッチ」は、機械では不可能な、職人による手作業(スキンステッチ)が必要です。現在、オールデンの工場でもこの特殊な技術を持つ職人は数えるほどしかおらず、一日に生産できる数は極めて限られています。そのため、一度在庫が切れると次の入荷まで数年待つことも珍しくありません。 - ホーウィン社製コードバンの争奪戦
世界最高峰のコードバンを供給するホーウィン社ですが、タンカーブーツのような大面積のパーツを必要とするブーツには、一頭からわずかしか取れない「大判のコードバン」が必要です。現在、世界的なコードバン需要の激増により、タンカーブーツを仕立てられるだけの良質な革の確保は困難を極めています。
「3年探しても見つからない」というのは決して大袈裟ではなく、ブラックコードバンの4545Hが自身のゴールデンサイズで店頭に並ぶのは、まさに「逃してはならない奇跡」に近い状態なのです。
ブラックコードバンという「鋼」の選択
タンカーブーツといえば8カラー(ダークバーガンディ)が王道ですが、4545Hのブラックコードバンには、それに勝るとも劣らない凄みがあります。
黒のコードバンは、磨き込むことで鋼のような硬質な光沢を放ちます。特に筆者が手に入れたデッドストックの個体は革の繊維が非常に密で、履き込むほどに刻まれる皺の陰影は、どこか彫刻のような重厚さを感じさせます。
バーガンディが華やかさを添える靴なら、ブラックはスタイル全体を静かに、かつ圧倒的に引き締める靴。この「黒」にこだわったのは、どんなカジュアルな装いも一瞬で格上げしてくれる、この靴特有の空気感が欲しかったからです。
「晴天の旅」を共にする、最高のオフ専用靴
この靴は、筆者の手持ちの中でも完全に「オフ専用」の主役です。コードバンという繊細な素材ゆえ、私はこの靴を「雨の心配がない」と確信できる旅のお供に選んでいます。
- ジーンズや軍パンとの親和性 無骨な太めのパンツに、ブラックコードバンの光沢を合わせる。ミリタリーラスト特有の「ぽってり」としながらも上品なシルエットは、軍パンとの相性は言うまでもなく、デニムさえも特別なものに変えてくれます。
- 旅の道具としての信頼 ミリタリーラストの最大の特徴は、低く抑えられた甲と、土踏まずをぐっと押し上げるアーチシェイプにあります。このホールド感があるからこそ、長距離を歩く旅先でも足が疲れにくく、機能的な「旅の道具」として信頼を置いています。
空港のロビーや旅先のふとした瞬間に足元を見る。そのたびに、3年かけて探し歩いた記憶と、手入れを重ねて深まった黒の光沢が、旅の満足度を一段引き上げてくれるのを感じます。
結論:執念の先にあった、一生モノの相棒
「ジョンロブのシティ2」が王道のビジネスシューズなら、このタンカーブーツ「4545H」は、筆者の休日を支え、高めてくれる最強の相棒です。
手に入れるまで3年以上かかりましたが、その分、この靴と過ごす時間は何物にも代えがたいものになりました。デッドストックという「過去の名品」を、自分の足で未来へ繋いでいく。これこそが、本格靴を愛でる醍醐味ではないでしょうか。





